ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

カメラが映し出す世界

f:id:ymcvsss:20171121230411j:plain

 

 

私は、一眼レフを最近購入した。

 

ymcvsss.hatenablog.com

 

 

何年か前からずっと欲しいと言いつつ、手が出なかった。

それは値段の部分もあるけれども、それよりも一番私の中で引っかかってた点がある。

そしてそれが今でも拭え切れない部分でもある。

 

それは何かというと…カメラが映す世界は見えない世界でもあり、だけど現実にある世界でもある。また、映し出せないものもある。

ということ。

 

少し分かりにくいかもしれない。

そもそも私がカメラを買いたいと思っていた理由は、見たものをこの角度、この視点距離、この色…できる限り今私が見ているこのままの情景を残しておきたいと思ったから。見たままの景色を保存して浮かんできた人に伝えたかった。

スマホでもよかったのだが、スマホの電池とか容量とかくってしまうし、写真は写真で分けれたらと思った。

デジカメは昔持っていたが、電源がつかなくなりそれ以降カメラは購入していなかった。

 それでなぜ一眼レフに興味があったのかというと…

ひと言でいえば、周の影響。周りというか世間。

何年か前からすごく流行ってるし、道歩く中で持っている人を良く見かける。

写真、カメラというよりも、人々が向けるカメラの先が気になっていた。

その人には何がどんな風に映って、写真にどんな風に写してるのだろうかと。

 

私自身の思いとしては、一眼レフは奇麗に写してくれるし、色んな機能があって凄いと思う。その反面、目に見えないものまで写せてしまうし、目視以上にもできるし目視以下にもできる。

そこをうまく調節して見ているままに近付けることは可能なのだけれども…

なんだろう。ギャップというのが生じてくることが怖かった。

それが少し許せない心があった。

カメラに限ったことではないんだけど。(今時スマホで撮った写真も加工や盛ることはいくらでも可能だ)

あと、いくらなんでもにおいや心情や空気感を写すことはできないから。

その景色をみて、あ、これ残したい。って思ったときは、そこにいる私の心情や、音、におい、風…全てが複雑に絡み合ってそう思ってるはず。

それは写すことができないから、それを後で誰かに見せたとしても、全てを伝えることは出来なくて、表面的なものしか見せられないんだと思うとそれはそれで残念で。

 

そう感じながら使うことができるのか、使う意味があるのか…と思ってしまって、ずっと手を出すには至らなかった。

 

で、なんで購入することに決めたかというと、

旅先の景色をスマホ以外のカメラできちんと収めていきたかったから。

あと、やりたいことは結果はどうであれ(それがもし自分に向いてなかったり、続かなかったとしても)やろうと思って少しずつ行動を起こし始めたから。

 

まだ使いこなすところまではいけてないし、知らないことたくさん。

でも写真を撮りたいように撮れたら嬉しい。あっこの瞬間収めたい。というときにカメラで撮れるって楽しい。

 

 

 

結局今自分が見ているものが全てを物語っていて、カメラでは映せない世界がここにはあるということ。

 

だけど、私たちが見逃すほどの、見ることができない世界をカメラは映し出すということ。

 

 
まだ、上に書いた二極化した事実に葛藤みたいなのはあるけれども。
ちょっと心の切り替えをするようになった。
目に映して心に保存するときと、カメラで設定をいろいろ変えたりして見ているものとはちょっぴり違うものを写すとき、できるだけ見ているものと同じように写すとき。

そうすることによって色んな世界が見える気がする。

1つだった世界が少し増えた気もする。

 

これから、カメラが映し出す世界も堪能して、精進していけたらなと思っている。

もちろん自分の心が映すものや感じることも大事にしながら。