ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

雨の匂いと爽やかな風と降る桜の花びらと

流れるように、何かこれって決めてそれに向かっていくのではない生き方もきっと悪くない。

その時のタイミングで巡り合ったもの、縁を大事にするのもいいよね。

と自分に言い聞かせてみる。

ここの住まいに引っ越して、かれこれ半年が経とうとしている。物件の条件は海の近く、安い。一応最初はそれだけ。場所も絶対ここって決めていなかった。

それで、この物件に出会ってここに暮らし始めて、近くの職場に出会って、人に出会って…

って色々繋がっている。ここの物件が空いてなかったら今の私を取り巻くものはまた別のものになっていたはず。

 

 

私は、(みんなそうかもしれないけど)気持ちがころころ変わる。

先日言ってたことと反対のこと思ってしんどくなることも多々ある。

人の考えを聞いて、それが私の感じることと似ていればそっちに気持ちが向かっていく。

流されやすいといえばそうなのかな。だけど、流れるままに人の意見のままにという訳ではないと思う。自分の気持ちに反することはしてないつもりだし。かといって、自分の気持ちに従ってばかりもできてないけど。

 

そんな私の何が辛くて苦しいのか。

今の私には何もない。本当になーんにもない。

着たい服もない。服なんて着る服がないから買うだけ。大体いつも行くお店に並んでいる中からなんとなく好きなのを買うだけ。ここ数年で、こんな服が着たいと探して買った服は、あったっけな?

食べたいものもない。辛い系が食べたいな。とか今日は甘い系だな。という感じで今日は絶対寿司!とか、煮物!とかって具体的なものがない。とりあえず食べることは好きだから、食事は欠かさないけど、絶対これが食べたい!とはならない。これがあるから、これが安いから、予算がこれだけしかないから。

したい髪形もない。仕事で1つにまとめたいから、まとめるのに支障がない範囲での切っては伸ばしての繰り返し。

私の意志はどこにあるんだろう?なんでこうなっているんだろう?これは悪いことなのかな?

昔は着たい服があって、若いなりにもこだわりが一応あった。したい髪形もあって、短い期間で髪形をショートなりにコロコロ変えていた。

「これだけは」ってはまっていることも特にない。なんとなーくとってつけて放置みたいなものが多くなった。好きだったこともなんだか距離を置いたものばかりだ。なのに何も始まらない。始めてない。

良いように考えてみれば、何もないからこそ色んなものやことが偏見なしに入ってくる。とりあえず私の中になんでも何にも邪魔されずに入り込む余地はある。

だけど誰かが何かを運んできてくれる訳ないから自分で向かわなきゃいけないのに。運んできてくれてもちゃんとキャッチしなきゃ意味ないのに。それさえ機能していない。

多分、若い頃(学生時代)は嫌でも周りに人が居て、自分をちゃんと見せなきゃとか、少しばかり周りとの競争心とか、よくわからないプライドとか、流行にのれなくとも遅れはとらないようにしなきゃとか、テレビの話題について行かなきゃとか。そんなことが私の中にあったのだと思う。

 

今は周りに人は少ない。付き合う人間も限られている。

本来の私の姿がこれなのかもしれない。人がいてこそのプライド心とかで自分を着飾っていたのかな。良いのか悪いのか肩の力が抜けた。(様な気がする)

なんて、これは自分を納得させる言い訳に過ぎないのかな。

だって私は、何かに熱中している人が羨ましい。それが仕事でもいい。自分磨きでもいい。料理教室、ヨガ、カメラ、ピアノ、山登り、海、スポーツ、音楽…本当に何でもいい。仕事の時間以外、食べることさえも忘れて熱中できるなにかがある人が羨ましい。これだけはって語れる何かがある人が羨ましい。純粋に無垢な気持ちでこれが好きだと言えるものがある人が羨ましい。

それなりに楽しいし好きなことはあるけれどそこまでのものはよくわからなくなった。

 

 

なんていったって、自然に還りたいだなんてことを言っているような私だ。

自然は本当に好き。朝日を見て、太陽を浴びて、風を感じて、空気の匂いを感じて、土を踏んで、木の匂いを感じて、偉大さに圧倒されて、静けさ、木々の音、鳥のさえずり、波の音、潮の匂いや湿り気、雲の形や厚さ、空の色、影、星…あげたらきりがないけど、そういうことに心動かされて、本当にこれだけで良いんじゃないかと思える時が多々ある。人間の営みなんて置いてしまって、これだけを感じて呼吸をしていればこれはもう幸せなんじゃないかって。

きっと現実逃避なのかな。こんなこと誰にも面と向かって言えない。言ってしまったら、何言ってんだこいつ…って引かれるor苦笑されるかのどっちかだろう。からここに書く。

 

 

自分を悪者にするのは得意だ。納得しようとして良いように考えて、でも…って自分を悪者にする。だから、この気持ちの着地点がさっぱりがかわからない。