ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

帰り道

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たまに、寂しくなる時がある。
たまにというか、潜在的に寂しさを抱えているのだと思う。
だけど割と1人が平気なもので、というか1人はエネルギーチャージになるので、表面的には到底寂しさを抱えているようには見えないだろうな。

体の力を抜いて1人でぼーっと焦点をどこにも合わせないでいるときが、自分の世界を整えてる取り繕った顔をしていない、一番のエネルギー補給の瞬間だと最近やっと気づいた。
それを私はいつも無意識にしていたんだ。その時間があるからチャージできている。自分を取り戻せている。

一人暮らしは9年目を迎えている。
1人の生活は楽だ。
いつなにをするにも自分のリズム。
なかなか悪くない。

日曜日の帰り道は、家族や友達や恋人や老夫婦…とりあえず1人ではない人が多い。いつもは駅でスーツで見かける人が家族らしき人と歩いてる姿だってみる。
一緒に買い物をしたり、散歩をしたり、座って話していたり、たい焼きを食べていたり…
なんだかいいなぁと思う。
私は大抵1人だ。
1人で楽しんでいるんだけど、ふとしたときにもう1人の自分が出てくる。
(なんで私は1人なんだろう。1人ってちょっぴり寂しい。)
だけど、そのあと必ず(いつもそばにいたらいたで鬱陶しく感じるようにもなるんだろうな。)とも思う。
家族にだってたまに帰省したときの数日間くらいしかにこにこ話せないや。
寂しさはあるけど誰かと居るということは結構大変なことだといつも思う。

寂しさを見ないように気付かないようにするんじゃなくて認めれるようになっただけましかな。


なんてことを考えた日曜日の帰り道。