ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

さそり座

蠍座のみなさん、誕生日月ですね。

と、どこかの占い師みたいな言葉で始めてみる。

何故そんなことを言うのか。私は蠍座だから。

 

誕生日が近づいてそわそわ…だなんてことはないし、特別なことはないんだけど、

歳を重ねてきた今、誕生日というのは自分の辿ってきた道を振り返ったり、これからを考えたり、何もかも一掃して新しくなりたいと願ったり…。

今、この部屋の物を全て捨てて空っぽにしたら、私は、どんな物を置いて、どんな服を買って、どんな色のものを揃えるだろう。簡単に捨ててしまえるもの、残したいものは何だろう。あるから使っているものばかりかもしれない。

そんなことを強く考える時期になってくる。

やっぱり自分にとっては少し特別みたい。

自分が生まれたのは、その日のその時間、すぐに通り過ぎてしまうような一瞬の時なんだけど。そうして考えられずにはいられない。

人間はそうやって時間に特別に意味を持たせたり節目を作っては、自分を省みたり、自分を奮起させたり、心機一転させてようとしてみたり…

がんばろうとしてるじゃん。健気じゃん。切なく愛おしい。

 

今朝は、雨音の朝を迎えた。

いまは、心穏やかなのか、「あぁ、休んで」って言われているんだなぁと感じた。

季節は変わりゆくのに、それを感じるのは気温や風の冷たさ、日差しの心地よさ、金木犀の香り…そのくらいで、日常の流れゆく景色の中でしか感じられない今。

私の心はもっと、そこに時間を持ちたがっている。けど、なんだか心がせかせかしている。休みたいのに気持ちが変に高揚していて、心と頭がちぐはぐな感覚。

それは分かっていても、どうしたらいいのか分からない。

眠りたいのに、時間がもったいないから、何かしないと、目が冴えてしまう。

時間があるのに、どこにも行きたいと思わない、けど、眠れない。

よくわからない。

 

自分にはなにが必要でなにが必要じゃないのか。

するかしないかの二択。いろんな本によく書いてある。

それが経験的によく分かってきた。

時間は有限だなぁ。と思う。何をしていても、何をしていなくても、あっという間に1日が終わっていく。

何の時間が無駄に感じて何の時間が必要だと感じているのか。

それに時間を使うには何と距離を取るべきなのか、何を捨てて何を残すのか。

体は1つで限りある時間を使ってできることって意外にも少ない。色んなことをするには時間があってもあっても足りない。

だから、自分のやりたいことは些細な事だろうができるだけ早く取り組まなきゃ。

自分のしたいことに時間を当てなきゃ。

日常のサイクルに自分のやりたいを掻き消されて感じなくなるのだけはだめだ。そんなの嫌だ。

人生、一瞬一瞬が常に二択の選択だ。するかしないか。それだけで数秒後の自分の気持ちは変わるし、行動も変わる。一瞬一瞬が分かれ道で、その積み重ねで方向が決まっていく。

あみだくじみたい。あみだくじは分かれ道があれば、かならず一方向にしかいけないんだけど。

まだ、選択できるだけましなのかな。いや、それだから悩むのかな。

つらつら書いてるだけ。

今は特にそうはできてない自覚はあるけど、そういう風にありたいのは確かだ。

再確認。