ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

交換日記~勝手にお返事⑥~

cakes.mu

 

前々回辺りから人間関係について

「密室化」か「ドーナツ化」かについてそれぞれ書いてあった。

 

人間関係について。

昔から常々考えている。

 

そんな私はというと

「密室化し損ねたドーナツ化」

かなと思う。

 

昔から。

好きな人は好き。怠けるし、なんでも話すし、笑顔はこぼれるし、正面から見つめることができる、無口でもいられる。

私の好きな人は安心していられる人。

できるだけ一緒にいたい。他の人にはあまり目がいかなくなる。

 

苦手な人、馬が合わない人

なんか緊張する、何を話したら良いか分からない。どこをみたら良いか分からない、目を合わせるのが怖い。

 

と二極化する。密室化まっしぐらと思いきや…

ある日突然どこかを越えると、好きな人との距離が分からなくなる。

この人にはこの人の人生があって私には私の人生がある。交わる必要性はそもそもない。それを前提にするならこれ以上近付いたらあとで傷付くのは私だ。ここで調節しなきゃ。私は私で立たなきゃ。

と本当はそんなことないのにしっかりしているふりをする。

あまり自分のことを話さなくなる。

または、人の言動を凄くマイナスに捉えて、「あっ違ったんだ。求めるのは同じ関係性ではなかったんだ」と。聞いたり、相手に傷付いたということを伝えるわけでもなく、話し合いをするわけでもなく、勝手に傷付いて後づさって、これ以上深入りしないように一歩引いた接し方に徹底する。それどころか、この人は私を傷つける存在(敵)なんだと思うようになることもある。これはかなり重症。被害妄想もいいとこ。

だけど今でも明らかにあって、(つい最近もあった)自覚しているだけまだましかとも思うけど、自覚してもどうしていけばいいのかわからないのが問題。

 

すると気づいたら自分で壁をつくって、好きな人もいつの間にかドーナツ化だ。

ぽっかり空いた穴の中央線で自分から遠ざけたのに寂しさを味わう。

 

だから、さくちゃんが書いていた

その相手と

「どんな関係性を望んでいるか」

というのを自分で理解しておくことは本当に大事だと思う。

そしてまずなりたい関係性が現実的であるか、持続可能であるかは取り敢えず最初の最初は置いといて、自分の素直な気持ちを否定せずに受け入れることは私にとても大事な気がする。

あれこれ考えるのはその後だ。

違うかな。

 

 

でもそう考えていると、今までそういう風にしか関係を築けなかったので、「どんな関係性になりたいか」

の選択肢がほとんど思い浮かばない。

「側でみていたいか、そうでもないか。」

その二択かな。

どちらにしてもちょっと遠いきもする。

 

男女関係なく、気の合う人、安心していられる人に出会えるというのは本当にありがたいことだと思う。

だからその関係性、繋がりの可能性を自らの思い込みで失くしてしまわないようにしていきたいという今日この頃。

 

 

でも、仕事が絡むとどうもそうもいかなくなるなぁとも思う。

 

恋愛にもどうもいきつかない。

この先も私がそれを求めるのはちょっと難しいのかな。とも思っている。

それもきっと思い込みなのだけれども、根本的な人との関わり方、私の考え方を変えなければ難しいのだと思う。

 

この頑なに張り付いた思いこみ、どうやったら剥がしていけるのだろうか。

 

こんな性格だから、なにか自分が生きやすくなるヒントはないかと色々な本を読んできたし、人と話す中で考えてきた。

「人間の悩みはほとんど人間関係」

「人間の根本的な性格は家庭環境による要因が大きい」

というのは何度も目にしてきた。

 

家庭環境は、人生で最初の集団生活。

それがどうも上手くできなかったよなあ。

私は愛情は受けていたと思う。三姉妹の末っ子だし、可愛がって貰った。甘やかされた。姉がレールを敷いてくれた。決められた中での自由があった。

だけど、それらを真っ直ぐ受けとることが出来なかったのかな。

姉という存在は大きかった。

常に比較対象でもあった。

権力があったように思う。変な緊張感があった。機嫌を損ねないようにしていた。

家でも殻をつくってきたし、周りもまたそれを私だと認知してきた。


この歳まできて、ようやく自分は昔から繊細で敏感だったのかも?と気付いた。
だからといって生活が打って変わるわけではないし、それが役立つこともないけど。
自分で固い殻を作ってそこに触れないように守ってきたのだとも。

 

どこが最初で、どこから変えていけばいいのかわからない。

でもサクちゃんが書いているように、もう関係性は自分で選んでいくことができる。

誰をそばで見ていたいか、どういう関係性を作りたいか。の選択肢がもっと増やしていけたらいいなと思う。

「うれしい!たのしい!大好き!」待ち。

ともあるように、私のわくわくを取り戻したい。

「何が好きだったか」「小さい頃のわくわく」

今はわくわくさえにも制限がかかっている感じがする。

もしかしてなんらかの過去によってそれが排除されていることもある。もしくは美化されていることもある。

最近は、自分の持つプログラムを書き換えるように働きかけるNLPに興味がある。

上に書いている、被害妄想のプログラムを書き換えることが可能なのかもしれない。

「動きと心の関係」とか「呼吸がもたらす作用」とか「脳と心」とかにも。

理屈、感情、動き、会話、今一度いろんな所からヒントをもらいながら、再構築していきたいところ。