ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

私にはなんにもない

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なんてことを思って思って思いながら生きている今日この頃。

なんだかぽっかりと穴が空いている前からそんなことが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していたけど、ここの所また浮かんできた。

 

「私にはなんにもない」

 

ただそれだけ。

 

「なんにも」というのであれば、じゃあ何があれば満たされるのか。

それがわからない。

 

 

ある人の存在。

その人は私に無いものばかりもってて、私が踏みとどまることをひょいっと軽々やってしまう。

すごく尊敬する。けどその反面、羨ましい。なんであの人あんなに呼吸をするように行動を起こしていけるのだろうか。レベルが違う、世界が違う、あの人には私は到底届かないし敵わない。眩しい。なんであの人にはあんなにあるのに私はなんにもないのだろうか…というところに行きつく。 

その人にとったら、じゃあやれば?というものなのだと思う。

私もそう思う。

だけどその、「やる」ができないのが悩みなのだ。

もしかしたらやるをやらないという長年しみついてきた癖なのかもしれない。

 

人と比べる意味はないとか、あなたにはあなたの役割があるとか、そんな言葉も、もう届かないところまで来てしまった。

それとこれとはなんだか別問題。

 

 


いつかはこれをしたい、一度でいいからこれしてみたい。というものが小さい頃からなんとなくあって、それは大きくなると自然と叶うものだと思っていたのかもしれない。
大人になるとこういう経験は必ずするものとかって思っていたのかもしれない。

私は姉妹、数あるいとこの中でも1番下、末っ子だから、たくさんのお姉さん、お兄さんのいわゆる人生の歩みを、遠巻きにでも人づてにでも見たり聞いたりする機会が多かった。心のどこかで、私も(自動的に)あんな風になるんだなぁ。と思っていたんだろうな。

だけど決して、自動的に学生の時に初々しい恋愛ができるわけじゃないし、働けるわけじゃないし、英語を喋れるようになるわけじゃないし、海外に行けるわけじゃないし、留学するわけじゃないし、世界一周するわけじゃないし…

全部みんな、自分が行動して歩んできた道なのに。

 

 

最近は何事に対しても本気で思っているわけじゃないのが自分でわかる。それが悲しい。嫌な気持ちがあるわけじゃないけど、自分のテンション以上の自分を出すみたいなことが多い。

それほどそれがいいと思っているわけではないけど、合わせてとてもいいように言う自分。本当はいいというかどっちでもよかったり、どうでもよかったり、私には関係ないことだと思っていたり。確かにいいと思うけど、あなたほどそこに気持ちはむかってないのにそこに熱の差がある私が入ってもいいのかだろうか。その物事はあなたのテリトリーであって、私がどうこう言ったところでとくに変わりはないんでしょう。と心のどこかで思っている。

 

なんだか、何に対してもそんな感じで、本当はどこに気持ちがいっているのかが全く分からない。自分のことなのに。

だから、何かに熱を注げる、いろんなものを持っている人がとても羨ましい。そのモチベーションを持ち続けられる人が羨ましい。

もう1人の自分が冷めた目で私を見ているのだ。私なんてと。

 

最近はそんな感じでなんだかまいっている。

できることならそんなことよりやりたいことやあるものを考える時間にしたいのに。