ordinary day

思ったことを気ままに。自分を構成するものとは。他者とは。旅や自然。

別に辛いわけではない

のだけれども
『生きるって難しいなぁ』
って最近よく口にしてしまう。
ひとりごと。

何が難しいのかって?
自分を認めること。自分を許すこと。自分を好きになること。
それを含めて充足した日々を過ごすこと。
辛くはない。全然辛くはないよ。辛いとはなんか違う。
それは強がりではなく本当のこと。
でも、多分、心が笑ってはいない。穏やかではない。
なんともない顔して、穏やかな顔して、できるだけ笑うようにして日々を過ごしている。
だけど突然、ぷつんと、誰かの言葉や行動でそれがきれる。
何気ない言葉、不快な行動。
本当に突然に。そこからどんどん思考が落ちていく。
昔にもそんな時期があったきがする。だからお天気屋だなんて言われたことがあったのかな。


週休2日。残業は毎日30分~1時間程度。
世の中にはもっともっと働いている人がいるみたいだけど、私にはこれで十分。これ以上働く必要はないなと思う。
これ以上おしておしてする必要もないし、かといって今より力を抜くべきではない。
自分の体と能力と時間や生産性とベストな感じだと思う。
あえてどちらかと言わせてもらえばこれをずっと続けていたら体にガタが来てしまいそうな気がしているけれども。
4月から1人スタッフが減った。それから少し経った今、流れは慣れたけど、私の肩や首の痛みや張り、腕や手首の張りや痛みが戻ってきた。
せっかくいい方向に進んでいたのに。意気消沈。
ところどころでなんのためにやってるんだろうと。やっぱり思う。
わたしのやり方はここでは求められていないような気がして、職場が求める姿でもない。私はなんでここにいるの?だなんて。
誰にも君は間違ってるとか、君は良くないとかって言われたわけじゃない。
でも不思議とひしひしと伝わってくる。
多分人が言いたいのはこうだと思う。もっと肩の力を抜いて。周りを頼って。
私は機械的な仕事のやり方なんだ。
時間通りに進めたいし、できるだけ残業もしないで終わりたい。でもだからといって適当にはできない。
ってやってると、仕事しているときの私には周りが話しかけられないような近寄りがたいようなそんな雰囲気を放っているのだろう。
こんだけ自分のことを客観視できるけれども、よくないんだろうなと思うけれども、かわることができない。
これもまた、これが私なんだという変な反発心と、自分はダメなんだという嫌悪感がある。

私にはなにがあるというのだろうか。
自分を好きになれず、だめだなぁと思う。私が私をどんどん傷つけている。
一番そばで一生一緒に生きていく自分が、そんなことを言っていたらだめに決まっている。
自分が好きになってくれなきゃ、自分が認めてあげなきゃ、だれが自分を好きになってくれるというのだろうか。
何者にもなれないと心から諦めがつくのには、認めるには随分と時間が必要。
まだまだ若いなとか言われるのだろうか。だってしょうがないじゃん。若いとは言わないけど、まだ24歳だもん。

今は休みの2日で肩の力を抜いて、体のこともゆっくり考えることができている。
だけど、買い物をして、ご飯の作り貯めをして、洗濯をして、アイロンをかけて、病院にいって…
なんてしていると、本当になーんにもしないでも自分を許せてあげられるくらい余裕ができるほどの時間がもっとほしい。
それってなんだかなぁ。

すっごくはまっているものがあるわけでもないし、生活に支障が出る体の痛みはあるし、仕事に当てている時間をなんのためにと思うくらいだし、最近は行きたいところもあんまりないし、人との付き合いも得意じゃないし、面白い話はできないし、かといって聞き上手なわけでもないし、リアクションも下手だし、根暗だし、人としてできあがっていない。
生きるって難しいなぁ。自分を楽しませるってこんなに難しかったっけなぁ。自分を好きになるってどうしたらできるのかなぁ、こんなことを思うのをまずはやめなきゃなんだろうなぁ、でも難しいなぁという日々の思い。